大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2613号 判決 1982年10月28日

控訴人

岩上武夫

右訴訟代理人

鈴木保

立木恭義

被控訴人

武政秀雄

右訴訟代理人

池田正映

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「1 原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。2 被控訴人の請求を棄却する。3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  控訴人の主張

被控訴人の請求は、クリーンハンドの原則又は禁反言の法理に違反し許さるべきでない。

即ち、被控訴人は、岩上喜太郎及び岩上ミヤ夫婦が順次死亡した後、岩上喜太郎の兄岩上弥三郎との間で、控訴人の後見人に就職するについて争い、その調停までも経て控訴人の後見人に就職した経緯があり、被控訴人は、控訴人が小学生のころから成人に達するまで、控訴人の後見人として控訴人の監護養育及び亡岩上ミヤの遺産を管理していたところ、その間右遺産である土地を勝手に自己名義にして不法に領得した。控訴人は成人に達した後右事実を知り、控訴人が亡岩上ミヤの相続人として相続により取得した所有権に基づき、被控訴人に対し右土地所有権移転登記抹消登記手続等の訴えを提起したところ、被控訴人はこれを拒むため一転して、控訴人が当初から亡岩上ミヤの子でないことは知悉していたと主張し本件訴訟を提起した。以上の事実に照らせば、被控訴人の本訴請求は、被控訴人が亡岩上ミヤの遺産の土地を自己のものとするため、従来控訴人が亡岩上ミヤの子であることを肯認し、後見人に就職してその旨戸籍に登載されるまでしていた身分関係を覆えそうとするものであり、クリーンハンドの原則又は禁反言の法理に反し許されない。

2  被控訴人の主張

被控訴人の請求が、クリーンハンドの原則又は禁反言の法理に反する旨の控訴人の主張は争う。

理由

一当裁判所は、亡岩上ミヤと控訴人との間に親子関係が存在しないことの確認を求める被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  <証拠関係省略>

2  控訴人は、被控訴人が岩上喜太郎及び岩上ミヤ死亡後、控訴人の後見人に就職し、控訴人が小学生のころから成年に達するまで、控訴人を監護養育し、亡岩上ミヤの遺産を管理し、その間その遺産の土地を勝手に自己名義にし、控訴人からの所有権移転登記抹消登記請求を拒むため、従来肯認していた亡岩上ミヤと控訴人との親子関係を否認し、本件訴訟を提起したのであるから被控訴人の請求は、クリーンハンドの原則又は禁反言の法理に反し許されない旨主張する。

よつて、按ずるに、前記認定事実並びに<証拠>によれば、被控訴人は岩上ミヤの実弟であり、法定の順位によりミヤの遺産を相続する権利を有すること、岩上喜太郎、岩上ミヤ夫婦は、実子ではない控訴人(昭和一九年二月一八日生)を戸籍上実子(長男)として届出て養育していたところ、岩上喜太郎は昭和二六年一一月二三日死亡し、ついで岩上ミヤも昭和二七年一二月一八日死亡し、あとに当時八才であつた控訴人が一人だけ残されたこと、そこで、被控訴人は控訴人を被控訴人の許へ引取つて養育し、その関係で昭和二八年二月六日控訴人の後見人に就職して同日その旨の届出をし、控訴人が昭和三九年二月一七日成年に達したので被控訴人の後見が終了し、昭和四四年一〇月二九日その旨の届出をしたこと、被控訴人は控訴人の後見人就職当時、控訴人が岩上ミヤの実子でなく、他からの貰い子であることを知つていたが、戸籍上岩上ミヤの長男として登載されていることについては別段異議を述べることはしなかつたこと、ところが、被控訴人がミヤの遺産である不動産を自己名義にしたことに対して控訴人が異議を述べたことから、ミヤの遺産相続に関し被控訴人と控訴人との間に争いが生じ、被控訴人は本訴を提起するに至つたことが認められる。

右事実によれば、被控訴人は、姉ミヤの死亡後あとに一人だけ残された幼少の控訴人を自宅に引取つて養育し、その関係で控訴人の後見人に就職したのであるが、被控訴人が右のような事情で被控訴人の後見人となりその職務を行なつたからといつて、控訴人が成年に達し後見が終了したのち、控訴人がミヤの実子ではないという真実の身分関係を主張することが許されなくなるものとはいえず、被控訴人の本訴請求がクリーンハンドの原則又は禁反言の法理に反して許されないものと解することはできない。従つて、控訴人の右主張は採用しない。

二よつて、亡岩上ミヤと控訴人との間の親子関係の存在しないことの確認を求める被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(川添萬夫 高野耕一 相良甲子彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例